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自己啓発のためにホストを始めた話(後編)-捨てる覚悟、痛み-

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目次

嫌われる勇気と殺す覚悟


耐えるような毎日に転機が訪れる。

その日は珍しく店のオーナーが来ていた。
オーナーは売上表を見ながら自分に声をかける。


「ビクビクしてんじゃねえよ」


よほど自分は萎縮していたんだろう。
悪意のあるものではないことはすぐわかった。
『ホストなら常に堂々としていろ』というメッセージだ。


オーナーは僕に丁寧にアドバイスをしてくれた。



「お前は頑張ってるかもしれないけどまだ本気じゃないだろ。2週間でいいから死ぬ気で頑張ってみろ。眠くても寝るな。体調悪いとか言い訳するな。言われたことをただやってみろ。俺の言いたいことがわかるか?」



オーナーの言葉はいつまでも頭から離れなかった。
しばらくして僕はようやく意図を理解した。

僕は体育会系も根性論も大嫌いだ。
努力はしても無駄だと思うことはしたくない。
だが、自分の判断軸で無駄だと避けてきたことにも意味がある。
それを教えてくれたのはオーナーだ。

好きとか嫌いとか言ってる場合ではなかった。
何が正しいとか間違っているとか考えている余裕はない。
愚直にそれを信じるしかなかった。
すがるような思いだった。


セナさんからもいつになく真剣に話をされた。



「正解はないよ。俺にとっての正解は納得いくまで何度も教えるけど、最後は自分で掴まないといけない。落ちてる時に踏ん張れる奴が1番強い。今は何でもやってみて、いっぱい失敗してこい!まーなら絶対大丈夫だから!」




心臓を撃ち抜かれたような衝撃があった。
もう十分に失敗してるつもりだった。
もう十分に頑張ってるよ!と思っていた。
それが自己正当化だと腑に落ちたのは、セナさんのおかげだった。




やっぱり僕には無理だって思うのは、失敗しても仕方ないと正当化するための防衛本能だ。




まだまだ僕は失敗できる。
周りと比較して努力しているとか関係ない。
想定内の世界でしか行動して来なかった。
何もかもを綺麗にやろうとしすぎていた。
その代償が今の結果だ。


努力していることに満足するな。

自分がかわいいんだろう?

傷つきたくないんだろう?

だからお前は最後にリスクを取らない。




うるせえ、そんなこと自分が1番わかってるよ。

自分の声と葛藤しながら、僕は覚悟を決めた。




上手くやろうなんて思考はクソだ”

そこから人生史上、最も自分を追い込んだ壮絶な14日間が始まる。






当時の記憶はあまり残っていない。
ただ、泥臭く行動し続けたことだけは覚えている。



またお前は良い人を演じようとしているのか?

それでいいのか?

自分の心ぐらい騙してみろよ。


僕は良い人でいることを辞めた。
好かれたいなんて思っているうちはド三流だ。
誰も傷付かず、誰も傷付けないままなんて虫がよすぎる。
たとえ999人に嫌われようが、心から応援してくれる1人がいる方がよほど価値がある。


酒やスマホに逃げて自分をごまかすことも辞めた。
何かに依存するのは心の弱さだ。
本当に今やるべきことは何か?
それを目の前に置き続けろ。


無視され、舌打ちされ、ゴミを見るような目を向けられることもある。
罵倒されることもある。
信じた先に裏切られることもある。


だから何だって言うんだ。
わずかにあったプライドは全部捨てた。

必死に、必死に営業をかけた。
1人でも話を聞いてくれたら可能性はある。
わずかでも繋がるチャンスは全て拾う。



自分の心の声を聞かないようにしていた。
僕は人一倍、繊細な方だった。
感情を殺すことに集中した。
弱い自分を切り離し、機械のように走り続けた。



暮らすために、成功するために、殺す。
誰からも嫌われない奴は、本当には誰からも好かれない。
人と浸かるように、コミュニケーションに溺れていく。



そのくらいしないといけないものなのか?
それは人によるだろう。

だが、結果を出し続けている人は、
人知れず様々な形で努力している。
何かを犠牲にしてでも進む覚悟がある。


僕にはこうするしか術がなかった。
正解なんて後にも先にもない。


この世界は綺麗事だけでは生きられない。
僕は誰からも嫌われないようにやってきた。
今までどれほど自分を守って生きてきたのか。
思い知った。



最終月の軌跡

怒涛の14日間が終わる。








新規からの指名は1人だけだった。







その1人でさえも繋ぎ止められる気がしない。
これが自分の全てをかけた結果だった。



今回ばかりは頑張ったと思う。
やり切ったよ。
確かに僕は本気だった。
結果は受け入れるしかなかった。



そうしてその月で僕はホストを辞めることを決めた。
せめて悔いが残らぬよう、出会ってきた人全員に連絡した。

もう二度と会うことないだろう人が大半だ。
営業を辞め、ただ本音で会話していたよう思う。




奇跡が起こり始めたのはそこからだ。





新規3名の指名。
初回飲み直しからのラストまで延長。
友人がこぞって飲みに来た。
そんなことは今まで一度もなかった。



小さな成果かもしれない。
ホストらしい営業ではなかったかもしれない。
それでもちゃんと目に見える成果だった。


本音で話すというのは痛みを伴う。
勇気もいるし、リスクもある。
無難に波風を立てないようにする方がずっと楽だ。
だが、それを越えることでしか手に入らない関係がある。
良い人を辞めなかったら一生気づかなかっただろう。


努力してもすぐに結果が出るとは限らない。
大抵は先が見えずに足を止めてしまう。
諦める手前、ギリギリで掴み取った確かな成果。
それはもう本当に嬉しかった。



年齢を重ねると人は自分の限られた枠組みの中でしか行動しなくなる。
それは防衛本能だ。

僕は本能に抗い続けた。
酒にもスマホにも娯楽にも逃げなかった。
依存しているものを全て捨てた。
そして嫌なことに立ち向かった。



これは初めて本能に打ち勝った経験だった。



たとえばアルコールが僕を救うことだってあるかもしれない。

だけどアルコールに救われる人生、僕は選択しない。


何にも依存しない、自分の人生を生きると決めた。



決断と決別



僕はこのままホストを辞めるのか、今一度振り返った。
さらなる成長、新しいステージへの期待。
得たいものはまだこの先にある。




だが、もうこれ以上この世界の闇を見続けることはできなかった。


華やかな世界の裏側は知れば知るほどキツい。
自傷行為や薬は当たり前。
ホストのために仕事を辞めて風俗落ち。
数年尽くして用済みになったら容赦無く捨てられる。
地面に叩きつけられた偽りの婚約指輪。
昨日までニコニコ笑っていた人が発狂して消えていく。


直接目の当たりにすると嫌でも考えさせられる。
心臓を掴まれるような思いだ。

狂わせてる方が悪いかと言えばそんな単純な話でもない。
ホストも悲惨な家庭環境、前科持ち、借金、散々な事情を抱えていたりする。
夢を叶えるために全てを受け入れホストになった人。
母親がホストに狂って自殺した過去を持つ人。
この世界でしか生きられない人がいる。



お客さんも同様だ。
この世界に依存しなければ生きていけない人がいる。
誰かが相手をしなければ生きる意味を失う人がいる。


死んでしまうくらいなら自分の手で堕として相手の人生を背負う。
そうして夢を見せてあげる。
生きる意味を教えてあげる。
その方が、幸せな人生だってこともあるだろう。


普通に生きてきた人にはわからないだろう。
わかりたくもないし、関わりたくもないだろう。

でも誰も悪くないんだ。
誰も人の人生を否定する権利はない。



この街の住人はどこかバグっている。
いわば修正不可能なバグに陥っている。

この環境に染まらなければ先には進めない。
その先で深刻なエラーにも立ち向かわなければならない。



僕に人の人生を背負う覚悟はなかった。
人の痛みに耐え切れなかった。
情を捨てることは叶わなかった。

たとえ逃げたと思われてもいい。
この世界に染まるだけの価値を僕は見出せなかった。




まだやり直せるうちに。
修復可能なうちに僕は抜ける。

そして本当にやりたいことを探す。
真っ当に胸を張ってできることを。
人のためになることを。





――そうして僕はこの舞台から降りた。







最後に残っていたのはセナさんとの会話だった。
営業終了後、僕はいつもの場所に呼び出された。


1番お世話になった反面、たくさん迷惑をかけたとも思う。
会うのが怖かった。




セナさんは僕の言葉を受け止め、一度だけ引き止めた。



俺はもっと一緒にやりたかった。
本当に後悔しないか、と。


僕は少し考え、目を見て伝えた。
後悔しない、と。





セナさんはわかった、と静かに受け入れる。

そして僕のこれからの人生を応援してくれた。

それから夢を語り合った。






「ホストを辞めても俺との関係は辞めんなよ!」

その言葉が何よりも嬉しかった。

離れるのが惜しいくらい、最後まで優しくて尊敬できる人だった。





歌舞伎町の追憶


全てが終わった。

時間は深夜3時を回っていた。
張り詰めていた緊張が一気に解き放たれる。
もう一歩も動く気力はない。



真夏なのに寒気がした、誰もいない公園。
歌舞伎町での最後の夜。
泥のように眠りについた。




目を覚ますと街は活気を取り戻していた。
街と相反する消失感。

世界中で一人だけみたい。
もう僕はこの街の住人ではないんだ。



ここで出会った人たちはもう会うこともないだろう。
本来交わることのなかった場所。
良かった思い出もあるけど、苦しかった思い出もたくさんある。


奪って奪われて、騙して騙されてを繰り返した。
痛みの中で様々な感情と出会った。
歪んだ価値観も生まれた。
戻りたいとは思わない。




だけど、ここでしか触れられないものは確かに存在した。




空っぽの今、残ったもの。
名前の付けられない感情。
ありふれた言葉で表すにはあまりに軽薄かもしれない。


だが、あえて言うならばそれは、感謝、だろうか。




僕はこの街に何もかもを置いていくことにした。





「ありがとう。そして、さよなら。」









「進む」というのは拾うよりも、捨てる方がずっと多いのだろう。
失くして、失くして、また失くしての繰り返しだ。
だけど、それでいい。
大事なものなんていくつもない。
身軽なぐらいがちょうどいい。



そんな中で拾ったものもある。

それは小さくとも消えることのない絶対的な自信。

それだけでこれからの人生を歩いていける気がした。





僕はゆっくりと道を歩き始める。


自分の足で1歩1歩、地面を踏み締める。


そうして本来ある日常に帰っていった。








一度だけ、後ろを振り返ってみた。
















景色が変わっていた。

fin.

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